四十九日を迎えた母の魂を、父が地蔵岳から送ってやるのだという。ふたりの最後の時間をそっとしたくて、父には内緒で私はいつもより遅く山に入った。
梅雨の晴れ間に木々の緑が滲むようだ。母によく似合っていた鮮やかな緑の服が思い出され、森に響き渡る春蝉の鳴き声が何故か私に静寂をもたらした。
終わりかけのレンゲツツジに代わって、サラサドウダンが道を彩る。山野草が好きだった母は、きっとこの花も好きだったに違いない。
まさに「颯爽」とした人だった。私が子育てに悩んだ時も「あの子はいい子よ。大丈夫。」と背中を押してくれた。地蔵岳山頂に近づくにつれ歩がゆっくりとなる。本当の別れが待っているようで、胸がぎゅっと締め付けられた。
父が立ったであろう地蔵岳の山頂は多くの登山者で賑わっていた。空を仰いで母の魂を探す。「先に逝って、あの世を案内できるようにしておくから」最期まで穏やかで、強くて、家族思いで…
小沼に下る階段…覚えていますか?子供たちがまだ幼かった頃、家族で一緒に登った階段を今日は一人で下っていく。母と同じ年頃の女性にすれ違う。少しばかり早すぎませんか?あまりにも潔すぎて、残された者たちは右往左往。
ここを父はどんな思いで下ったのだろう。「申し訳ないけど、よろしくね。」母の声が風に乗って届いた気がした。明日は、父の日。
結婚して、貴方の娘になって、本当によかった。
<今日のルート>
大洞駐車場11:05~地蔵岳山頂12:00/12:20~八丁峠12:50~小沼13:00~長七郎13:23/13:30~小地蔵13:46~鳥居峠14:20~覚満淵14:30~大洞駐車場14:50
大洞駐車場から地蔵岳に登るルートは浮石が多く滑りやすいため、あまり下り向きではない。小沼のほとりでは、5月下旬から6月上旬にシロヤシオが見事だという。